エロエンターテイメント集団

MENU

DIARY 写メ日記の詳細

女風小説『わたしたちを閉じこめた箱』(朗読あり)
文谷 蓮 2025.10.12
女風小説『わたしたちを閉じこめた箱』(朗読あり)

【まえがき】

先日、Xのタイムラインで「エレチュー」が話題になっていました

エレチュー。エレベーターでするキスのことですね。ぼくは大好きです。くだりエスカレーターで、自分が上に立ち、後ろからぎゅうするのも好きです

話がそれました

というわけで「エレチュー」と「女風」をお題に短い小説を書いてみました

縦書き版(画像)と朗読
https://x.com/FumiyaRen_amen/status/1977146095219417100

以下、横書き版です

縦書きでも横書きでも、あるいは音声だけでラジオドラマ感覚でも、お好きなかたちでたのしんでいただけたらうれしいです

『わたしたちを閉じこめた箱』

「閉」の押しかたひとつで、わたしはこんなにもどきどきしてしまう。

いつもよりすこしだけ強引に抱きよせられると、彼の胸もとからサンダルウッドの香りがした。四時間まえにかいだトップノートよりも深みがあって、長くこころに余韻を残すような香りだ。そんなことを考えていたら細く白い指がわたしのあごを軽くとらえて、わずかに上方へと傾けた。

次の瞬間、くちびるとくちびるが接触した。

彼が思いだしたように「1」のボタンを押すのを、わたしは左目の端だけで見た。彼が「時間外」でキスをするのは、はじめてのことだった。背中と後頭部にまわされた腕にこめられる力も、心なしかいつもより強い。時が静止したような静寂の中、一対のくちびると舌の発する音だけが鳴っていた。わたしたちふたりを閉じこめた箱が、八階から一階へとゆっくり降下していくあいだ、自分でも存在に気づいていなかった胸の部位が、おそろしい速度で彼へと落下していった。

「まえから聞きたかったんだけど」
ホテルから夜の町に出て、時間が通常どおりに流れはじめると、わたしは照れかくしでもするようにたずねた。
「その香水、どこの?」
「オリジナルだよ」
わたしが「えー?」と言って笑うと、彼は補足をしてくれた。
「ふたつの香水を、重ねづけしてる」
「なるほど。なにとなに?」
「ないしょ」
そう言って、彼はずるそうな目で笑った。

わたしたちは半年間ずっと、部屋に入ってからが恋人で、部屋を出るまでが恋人だった。それ以外の場所と時間では、彼はいつも一線を引いていた。わたしは彼のそういう職業的なふるまいを、むしろ好ましく思っていた。

なのに。

なのにどうして、夢見心地だった四時間よりも、エレベーターでの一分間が忘れられないのだろう。

最寄り駅からの道すがら、なんの気なしに液晶画面を見た。いつもなら一時間以内に「ありがとう」のDMが届く。

え。

思わず声に出して立ちどまった。まさか。ブロックされた? なにか気にさわるようなことをしてしまったのだろうか。いや。そんなはずはない。わたしはふるえる指で、ふだん使いの別アカウントでログインしなおし、彼の名を検索した。

出てこなかった。
ブロックされたんじゃない。アカウントを削除したんだ。

翌日のタイムラインは、彼に関する話題でもちきりであったが、数日もすると皆あっさり彼の存在自体を忘れ去ったように見えた。短すぎる秋のあと、あまりにも長い冬がようやく終わりを告げて四月になっても、彼がもどることはなかった。あの日のラストノートを再現したくて、新宿の伊勢丹でそれっぽい香水を探しまわるという未練がましい行動を最初のうちはとったりもしていたが、日々の生活にまぎれて、記憶の残り香はじょじょに薄らいでいった。しかしいまでもエレベーターでひとりになったりすると、目をつむって彼の手の感触を思いかえしてしまう。

きっとあの夜のわたしは、落下する箱の中、いつまでも幽閉されたままなのだろう。

LEAVE
18歳未満の方
当サイトにはアダルトコンテンツが含まれております。
18歳未満の方のご入場は固くお断りしていますので
LEAVEから退場して下さい。
電話予約はこちら