DIARY サトシの写メ日記
最近ずっと身体に謎の緊張感を感じていてソワソワする。 新年度に向けた準備もしているけれどワクワクとか武者震いの様にも不安感の反映とも考えられるけど わからない、、、 とりあえず今は自分の見ている方向で構図を決める段階なので後々後悔の無いようにいつくかのパターンを試してから現状の明暗をおとしていきます。 最近キャスを出来ていませんが怠惰ではなくほんとうに忙しくて出来ていない感じなのでゆるちて🙃
久しぶりによんだ本、以前よりも不思議と頭に文字が入りやすくなったように思えた。 もうこの世にいない人の事を思い続けてその人と対話し続けることは時に呪いにもなるけれど時には希望、それどころか人生になるのだどここ最近、個人的に知ったことと併せて考えさせられた。 今立ってる場所にどうして行き着いたのかというのは今まで出会ってきた人達のおかげでもあるしせいでもあったりこれから会う人達の為とも言える、特にふわふわとした理由付けでしかないけれどそこにしっかりと自分の意思が乗っているのか、と聞かれたら、はいそ...
他人に対して敵という概念を当てはめることは普段から無いのだけど。世間ではよくアチラとソチラが敵対構造であったり。ソッチとアッチは同胞にみえても、よく見たらしっかりソッチがアッチの脚を切り落としたりしてて難しい世の中やなぁと眺めていることがある。 まず人がやりがちなのは弱者、強者というみえないが圧倒的に存在する概念で括ったりしてしまうところ。 しかもさらによくみるのは普段自らが関わらない、関わっていないであろう概念を執拗に貶し蔑んでいるのをみるととても不思議な気持ちになる。 何故? 理由を少し思考...
やっぱり自分はものを造るっていう行為が好きなんだということを再認識できる機会が先日あった。 今手元にある材料でできる限りの工夫、意味を無機質な物体から捻出する作業がとても楽しい。 最初はこれしか無いと思っていたもので納得するものが出来かけたタイミングでこれも実は使える、あれも付けてみても良い、こういうこともしても良い。 この様に条件が一つ増えるだけでパターンが何通りにも広がる感覚。ゾクゾクして手が震えてきてしまう。 新たなものを加えるには今までそこにあった完結されたものを壊して混ぜ込むということ...
ララチューン観てるってこの前Xでポストしたけれどその時にあった動画でニシダが変にテンション高かったら、みたいな動画があって。オモシロではあった一方で感慨深い気持ちにもなるという不思議回でしたね。 他人と過ごす時に敢えてハツラツとした立ち回りをするというのは自分自身に及ぼす影響よりも周囲に与えるプラスの方が大きい。 なんとなく分かっていたけど実際に他人が実践してる所を見た事無かったから色々と確信できた部分がある。 自分はピ業に関わらず本業でも遊びでも他人と会う時にはしっかりとスイッチを入れるのを心...
お粥が好き。所々塩っぱさが強く感じれたり。お米の甘さしか感じない時があったりするのが楽しい。 でもあまり多くはお店を知らない。 結局自分で作っちゃうのが梅とか卵、おすすめのお粥レシピはありますか? 「優しいお味」という言い方がハマっていて、あえて味を控えめにしたけれどしっかり素材の味を感じれる時に使ったりする。 マヨが超好きだったり、醤油を付けすぎてしまう癖はありつつもちゃんと仄かな味を感じれるのは自分の良い所かもしれない。 最近食べた優しいお味は大戸屋の麦味噌汁。
最近やっとアニメを楽しめている。フリーレンがなかなかに好き。背景が綺麗、落ち着きのある描写、笑いを誘う流れもしつこさが無くて心地良い。 最近メトーデがたまにゼーリエを撫で撫でしていることを知って声を出して笑っていた。 恋愛の描き方もとても丁寧に描いているなと感じる、ここら辺に不快感を覚えない作品はあまり出会えてなかったので嬉しい。 漫画の方を読めてはいないので、アニメ化による変化。がどうなっているのかは分からない、是非教えて欲しい。 他にもアニメは色々観ているけれど、映画とかドラマもチラホラ観た...
空想が好きなので。いつも世界に空想を付け足して歩いていた。 回想がすきなので。大切にしたい瞬間は比較的写真を撮らなくなった。 幻想が楽しいので。夢の為に現実はあまり拘らなくなった。 歩いてるのに進めているのかわからなくなる様な時もあるけど、振り返ったら歩き始めた頃の自分が遠くに見えるので進んだのだと認識できる。 止まって休みたくなったらまだ慣性が残ってるからそれに頼ってもいいし。少しだけ遅くするだけでも良いかもしれない。
あたりまえだと思っていたり、もう変えられないと信じ込んでいたものを変えるにはとても強いエネルギーでゆっくりと向きを変えてあげなければならないと思っていて。 金属や、硝子、木材を変形させるイメージに良く似ている。 自分がどう在りたいかは分かっていても、どうしても成れないのなら手探りで己を構成している素材の性質、混ざり方を自身で見なければどうしたってかえられない。
雨の日に鬱々としてしまうのは僕だけではないはず。でもなんであまり嬉しいと思えないんだろう。 本来人が生きる上で雨は有難い現象であり、負の感情を産むようなことでは無いはず。 服、靴が濡れるから。寒いから。気圧差で体調が良くなくなるから。空が暗いから。 少し考えて出てくる雨が嫌いな理由は完全に自己中心的な感性で、贅沢者でしかない。 では晴れが好きな理由は?それも同じ。 雨で良い思い出はあるかな、で浮かんだのは学生時代に雨に打たれながら自転車で通学している時で 濡れることに抗わずシャワーの様に雨を受け...